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1993年秋、私はビジネスのためタイの首都バンコクに滞在しておりました。この日は東南アジア特有のスコールで強い雨が降っており、私はバンコクの幹線道路であるスクンヴィット通りを横断する為、信号が赤から青に変わるのを待っていました。そして信号が青に変わったので横断歩道を渡ろうとした時、私の4,5人前にいた親子の父親が信号無視をしてきた車に撥ねられるという事故に遭遇しました。彼は即死でした。私は傍で呆然と立っている5,6歳ぐらいの息子を見たとき、身なりからも多分貧しいと思われるこの子の将来はどうなるのだろうと海外にいながらも同じ子を持つ親として心配をし、そのことが頭から離れませんでした。翌日現地の友人に昨日の事故のことを話したところ、保険に入ってない限り身分にもよるが、数万円の示談金で解決だろうという、驚くような話でした。各国の経済事情、貨幣価値にもよるのでしょうが、それでも人間の命がこんなに軽んじられて良いはずがありません。そして私は私に出来る範囲での寄付を開始し、そして、どちらかにアジアの交通遺児の支援をしている団体はないかと調べましたが、残念ながら私の調べた範囲ではございませんでした。そして,アジア諸国の交通遺児支援という共通の目的に共鳴する仲間と2003年にアジア交通遺児支援協会を設立いたしました。 |
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理事長 |
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アジア交通遺児支援協会は、 |
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わが国の自動車産業は経済の基幹産業として2輪4輪を含め戦後、素晴らしい発展を遂げてきました。特に輸出産業として海外にたくさんの車輌を送り出し、アジア諸国の経済の発展には大変貢献しております。だが利便性とは裏腹に使い方によっては凶器にもなり交通事故という悲しい現実も起こります。そして親を失った、たくさんの交通遺児達は教育どころか食べるという事にもこと欠き、その結果、非行、犯罪に走ることも多々あります。自動車輸出産業を担う国民として、我々日本人は彼らに支援をさせていただき、交通事故の撲滅にNPOとして機能を果たすことが望まれています。
わたしたちは、アジア諸国の交通遺児への支援と、交通事故のないアジアの実現をテーマに、1998年4月よりアジア諸国で安全運転講習会を開きNHKのニュースでも取り上げられましたが、今後もっと規模、範囲を拡大し同様の国際協力をするつもりです。 |
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アジア交通関連資料 : |
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支援対象国
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当ホームページ内の写真の子供たちは交通遺児とは関係ありません。 |